50歳を過ぎで大手企業を退職し「自分探し」を始めた川口さん。
息子さんが不登校になったときも、家族を支えるために東京での単身赴任生活を続けていた。
ところが、あることがきっかけとなり、退職を決意。
自分の本当にやりたいことを見つけ、息子さんと一緒にコミュニティ活動する新しい生活が人生で一番幸せとお話される。
そんな川口さんのキャリアを伺ってみましょう。
お名前:川口直樹さん
キャリア:会社員→専業主夫→NPO法人職員/胎内記憶教育講座
「本当にしたい仕事ではない」この心の声をかき消しながら働いた大手企業のサラリーマン時代
ー川口さん、本日はよろしくお願いします。川口さんは50歳すぎて、転職し、やりたい仕事をみつけ、さらに新しいキャリアにも挑戦されようとしています!早速ですが、ここに辿り着くまでの経緯を教えていただけますでしょうか?
川口:はい、よろしくお願いいたします^^私は、これまで2度の大きな転職を経験していますが、以前は大手生命保険会社に15年間勤務していました。
退職した理由ですが、実は、入社した当初から「自分には向いていない」と違和感を感じていたんです。
ーそうなのですね。感じられた違和感は具体的にはどのようなものだったのでしょうか?
川口:そうですね。一言でいうと私の価値観と仕事内容があっていなかったんです。
保険業の前は健康食品会社にいました。私は予防医学の考え方に賛同していたので健康食品の販売は個人的な考えと合っていたんですが、生命保険は病気になることが前提のサポートになります。もちろん生命保険が必要ないとも思っていないのですが、考え方の違いを感じていましたね。
ーなるほど自分が大切にしている想いと異なる環境にいるのは心理的には苦しいですね。
川口:そうですね。ただ、正直、大手企業の社会的な地位や経済的な安定感を優先していて、自分の心の声をかき消すように仕事をしていたのだと思います。
そんな状況のまま、私は東京へ単身赴任となり、丁度そのタイミングで10歳だった息子の登校拒否が始まったんです。
2ヶ月に一度は長崎の家に帰っていましたが、なかなか息子との距離を縮めることはできませんでした。
ーそうだったのですね。ただ、その後、50歳を過ぎた後に、大手企業を退職する決意をされていますね。
勇気がいるご決断だったと思いますが、決め手は何だったのでしょうか?
川口:私の母の病気と死があったからですね。母は以前から「今の仕事(生命保険の仕事)はあなたには向いていないと思うよ」と言ってくれていましたし、また「本当にやりたいことができているのか」と、私に聞いてくることもありました。
母は私が口にもしない違和感や仕事に対する疲弊を感じてくれていたのだと思います。
母が亡くなる数ヶ月前に電話で何気ないやり取りをした時、言葉にはしないけれども、母が「もう無理しなくていいんじゃないか」という風に言ってくれているの直感的に感じたんです。
その後、すぐ、私は先を決めずに退職を決断しました。数ヶ月後、母は永眠しましたが、亡くなる直前に、「やりたいことをやるという決断をしたよ」と母へ報告できたことが、母の冥土の土産にできたかなと思っています。
サラリーマン時代の写真
2年間の専業主夫。息子の不登校の経験がキャリアコンサルタントへの道を拓く。
ーさて、退職してから2年間、「専業主夫」をされていたとのことですが、そのご経験はいかがでしたか?
川口:そうですね。主夫の経験をして良かったことは、女性の家事の大変さを理解できたことと同時に女性の能力の高さを実感できたことですね。
多くの日本の女性が仕事をしながら子育てをしている、しかも毎日3食違うメニューの食事を考える、これだけでも、すごい労力なんだということを本当に実感しました。(笑)
ーこの発言は時代錯誤でもありますが、普段、評価されにくい家事に対する尊敬の気持ちを払っていただだいて、きっと多くの女性が喜んでいると思います(笑)
川口:そうですね。そして、次のキャリアを考えるために、2年間で、有料、無料のセミナーを200種類以上の受けました。
前職で、自分の本心と違うことはできないと経験したので「自分が本当にやりたいことを見つける」そのための時間を過ごしていました。
心の赴くままにセミナーを受けていたんですが、これまでしてきた数々の仕事の経験から、「一人一人に向き合って成果がでるまで相手をサポートする」、これをやり切れる仕事をしたい。
そして、息子の不登校で家族が崩壊寸前を経験したこともあり、心理カウンセリングを学び、その後キャリアコンサルタントの資格を取得しました。
ーなるほど、その両方が叶ったのが、今の認定NPO法人との出会いなのですね。
息子さんと一緒に。
仕事を超えた活動「トーキョーコーヒー」との出会いと「父親、辞める宣言」の理由。
ー再び、新しいキャリアに挑戦した川口さん。今のNPOの仕事とその延長で出会ったコミュニティ活動を始められ人生観が大きく変わられたとのこと。
川口:そうなんです。今私が所属しているNPO法人は不登校や引きこもりなどの社会的孤立を家庭の問題だけにせず社会全体で解決するという考えの場所です。その活動をする中で「トーキョーコーヒー」というコミュニティに出会いました。
トーキョーコーヒーは「登校拒否」のアナグラム(言葉遊び)です。
元々、大人が井戸端会議のようにおしゃべりして元気になる場所が自然と創られ、その後、登校拒否の子供たちも一緒に訪れるようになり、コミュニティーになっていきました。
「不登校は子どもの問題ではなく、大人の無理解によるもの」という考えに賛同する人達が広めていって、今は日本全国に400拠点あり、その輪はますます拡がっているんですよ!
今の社会は、ご近所付き合いや、家族や親戚との繋がりも疎遠で、又、家族そのものが孤立しがちです。
昔の日本のようにお互いが助け合える繋がりが自然にある、そんな場が殆どありません。その場があるだけで、安心したり、幸せを感じられる、そんな場を広める活動をしています。
ーとても素敵ですね。地域コミュニティが不登校の課題を解決するというものなんですね。ところでNPOでのお仕事やトーキョーコーヒーは川口さんにどんな変化をもたらしましたか?
そうですね、一番は「こうあらねばならない」「こうするべき」という自分の固定概念から解放されたことですね。だから、本当にすごく楽です(笑)
息子の不登校の際は、この固定概念で、家族全員が苦しみました。
「学校に行くべきだ」「学校で友人を作るべきだ」「学校へ行かないのは心が弱い」「友達がいないのはダメだ」など、たくさんの「こうあるべき」という一般的な社会通念に、私達親も子供も、どんどん追い込まれ疲弊しましたね。
実際には、息子は通信制の高校に進み、自分のペースで友達も作り、そして今はアルバイトもして、前向きになっていきましたから、今、考えると私の「こうするべき」が息子を一番苦しめてしまっていたことがわかります。
実は、ある日、息子に宣言したんです。「お父さんは今日からもお父さんを辞める!」と。
これは、父親としてのその責任を負わないということではなく「父親はこうあるべきだ」という固定概念から自分を解放するというのが本当の目的でした。
家族であっても、人生は一人一人のものだから、「私の人生を大切に生きる」ことは「息子が自分の人生を大切に生きる」ことになります^^
実は、先日(2024年3月30日)長崎でダダさん(トーキョーコーヒー発案者)のトークライブを、私も含めた長崎拠点メンバー4人が主催したんですが、そこに息子も参加してくれたんですよ^^
トーキョウコーヒーのイベントの様子
「魂のご縁」という壮大な視点から人生を眺める
ー最近は日本胎内記憶教育協会の資格をとられ、今後、仕事にもしていかれるようですね。
そうなんです。「胎内記憶」とは、赤ちゃんが生まれる前の記憶を持っていることですが、さらに深めると、赤ちゃんが母親を自ら選んできているという魂の世界についてのお話なんです。
胎内記憶について学んだことで、息子の不登校という出来事に対するものの見方が大きく変わったんです。
ーそうなのですね!どんな変化でしたか?
息子の登校拒否の出来事ですが、彼が、10歳という年齢で、社会の壁にぶつかり、人生で立ち止まってくれた経験そのものが、私に大きな贈り物をくれたと思えるようになりました。
息子からは「焦らずにゆっくり進んでいいんだよ」だよと教えてくれたと思っています。
それまでの私はいつも何かに焦ってい、「早く」「先に何かをやらなければいけない」と得体のしれない強迫観念にかられてきた人生でした。その固定概念を手放していいんだと、息子が身をもって教えてくれたんだと、そう思います。
今、NPO法人で不登校のお子さんの人生をサポートする仕事で、家族の深刻な側面や社会の闇とも思えるようなことを垣間見ることが多いのですが、魂レベルで、子供はおかあさんとその家庭を選んで産まれてきた、そして、お互いが学びあうために出会っているという視点が加えられると、随分とものの見方や関わりが変わります。
ー「魂のご縁」という時空を超えた壮大な世界観のお話をありがとうございました。最後に、紆余曲折を経て、今のご自身の人生をどのように感じておられますか?
そうですね。今、サラリーマン時代よりも収入が1/5になっていますが、(笑)これまでの人生で最も楽しくて充実した毎日を過ごせています^^
ー本当にやりたいことやる人生でご自身が満足し豊かさを感じているというエピソードは、キャリアに迷う人の大きな勇気づけになると思います。素敵なお話をありがとうございました。
人はそれぞれの固定概念を持って生きているけれど、
その概念に縛られたり、周りから押し付けられることで苦しみや対立を経験する。
その渦中にいるときは、その固執した考えを手放すことは難しいけれど、
しっかり向き合い成長することで、辛い経験すらも贈り物になることもある。
又、目に見える世界を超えたものの見方を受け入れたとき、
どんな経験も尊い瞬間に変わる。
どの考えやものの見方を選択することも自由で、
最終的に、自分を幸せにする視点を自分で選ぶという強さを育てることが
本当の教育なのかもしれない。